●縄文人と弥生人
日本の本州に初めて人が来たのは4万年ぐらい前で、こんなユーラシア大陸の端っこにあるのに、当時から日本はすごかったんだ。それは、3万5000年ぐらい前に磨製石斧(ませいせきふ:先端をみがいて尖らせた石の斧)を発明していたことなんだ。誰か頭のいいご先祖がいたんだろうね。世界を見渡してもこの時代の磨製石斧が大量に出土する例はほとんどなくて、このころから“モノづくり日本”の本領を発揮していたんだよ。今も、このDNAが日本人にはあると信じたいよね。
時を経て、1万5000年前の縄文時代になって土器を使うようになっても、凄いテクノロジーを発明してるんだ。それは食べ物の煮炊き用として土器を作ったっていうことなんだ。土器自体は日本より古い出土例はあるんだけど、火にかけて使う土器は日本が最古なんだ。熱伝導をよくするために薄く作っていて、しかも割れないように、粘土に動物の毛などを混ぜて焼いていたんだ。今でいうハイブリッド工法だね。縄文人恐るべし。
土器を煮炊きに使うことで、それまで食糧にならなかったドングリなども食べられるようになって、縄文人は生きていくのが上手になったんだ。ボクはさらに“土器を冷蔵庫としても使ってたんじゃないか?”と勝手に想像しているんだ。素焼きの土器は水を吸うので、水で濡らしておけば気化熱で中の温度を下げることができたんじゃないかなあ。暑い夏でも、縄文土器で食べ物を保存してたと思うよ。

複雑な構造をした火炎土器(縄文)からは高度な知性を感じる
縄文人は世界の中でもかなり高度に縄文土器を使いこなしていたんだ。縄文土器は芸術性でも当時の世界をリードしていたといえるんだ。写真の火炎土器なんか、現代人が見ても複雑な構造をしていて、どこがどうなっているのか注意深く見ないと理解できないよ。まるで“立体的な呪文”のようで、縄文人の底知れぬ知性を感じるね。
おしいのは日本に大河と大平野がなかったので、高度な農耕文化が発達しなくて、4大文明に匹敵するようなことが起こらなかったんだけどね。文明というのは、大量に食糧が確保できて、遊んで暮らせる人たちが大勢生まれないと、発達しにくいんだよね。
ところで、そのころ弥生系の人はどこにいたんだろう?正確にいうと後に弥生系(=渡来系)といわれる人は「北方モンゴロイド」といって、2〜3万年前はまだいなかったんだよ。この北方モンゴロイドはまだ謎な部分が多くてはっきりわからないのだけど、8000年前ごろから中国に南下してきたことはわかっているので、恐らく1万〜8000年ぐらい前にシベリアあたりで進化した人々らしいんだ。謎の進化を遂げた民族とはかっこいい!
北方モンゴロイドの身体の特徴は寒冷地に適応するよう進化した結果なんだよ。寒さから眼球を守るためにまぶたの脂肪が厚くなり一重まぶたに、眉は水蒸気がついて凍らないよう薄く、肌は紫外線を吸収してビタミンDを作りやすいよう白くなり、そして歯が特徴的で、極寒の地で凍ったものも食べられるよう上あごの前歯がシャベル型の大きい歯になったんだ。今の日本人でも出っ歯の人はだいたい弥生系だよ。明石家さんま(Y)だね。
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北方モンゴロイドは中国や朝鮮半島に8000年前から南下し、結果的に中華文明の担い手になったんだ。その波は、北方からの異民族の進入という形で、何度も何度も起きているんだよ。実は、先に中国に入った人たちが後から来る人たちを止めようとして建てたのが「万里の長城」なんだよ。また、風水でいう鬼門が北東なのは、中国の都から見て、北方異民族が侵入してくる方角が北東だからなんだよ。これじゃ風水の理論は日本には当てはまらないよね。京都のお公家さんは、自分の家からどこかに出かけたり帰ったりするのに鬼門の方角を避けて遠回りをしてたというから、なんだかね〜。
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